定年というご褒美

電気電子工学科 教授 濱屋 進

 沼津高専卒業生の皆様、こんにちは、お元気にお過ごしのことと思います。私はこの3月末日をもちまして沼津高専を定年退職いたしました。私は企業・大学と3年間勤めた後、電気工学科の5期生が5年生になられた1970年4月に電気工学科に着任し、以来36年間を真面目で優秀な学生に囲まれ、授業、卒業研究、クラス担任等、有意義に楽しく過ごさせてもらったと感謝しております。同窓会から定年退職の挨拶を執筆するようにいわれ、何を書こうかと迷ったのですが、同窓会員の皆様にも定年退職が迫っている方がおられる時代ですので、私の年金生活での近況を書くことでご挨拶に換えたいと思います。

 私の定年が近づき、既に定年退職された先輩教員に、定年になったらどうすれば良いのかと伺ったところ、「定年退職後はこれまでの“ご褒美”と考えなさい、濱屋さんが一番やりたいことに専念すればいいんですよ」と簡潔明瞭に教えていただき、私が18歳のときからやりたかった大ミステリー小説である(と多数の人が思っている)量子力学を量子情報理論・量子計算でよく使用されるツールで読解を実行することにしました。

 私が今、主に参考にしている本は Michael A. Nielsen, Isaac L. Chuang 共著 木村達也 訳の量子コンピュータと量子通信 Ⅰ~Ⅲ(オーム社、2004~2005年)です。これら3冊はこの分野での先進的な良書として必ずと言ってよい程紹介されています。これらの分野に関心のある方は購読されることをお奨めします、分厚いですが3冊セットで意味があります。ただ、物理学専門の方が書いた本であり、使用している言葉・記号や説明の手法が我々技術屋にはとても抽象的で、短時間ではとても読める代物ではありません。量子力学についてはブルーバックス的な本ばかり読んでいた私にとって、この本の読解は非常に大変ですが、幸いにも時間だけは十分にあるので「読書百遍意自から通ず」を信じて苦闘し、いまはかなり突破口を開いたという感触です。上記3冊は確かに良い本です。この本を通して、この世のルールを知りつつあるという達成感を感ずることが多くなってきました。量子情報等の分野で使用されるツールは本当に有力で、これらを使って自分がこんなものまで計算できるようになったのかと思うと夢のような気がします。技術者が無目的にシュレディンガー方程式から量子力学の勉強を始める時代は昔になったと思います。

 物理における「電磁気」が電気工学で回路理論・電子回路として発展したように、「量子力学」が量子計算・情報、量子回路として発展していくと信じて、技術者向けの量子計算・情報に関する具体的内容の例題集を作るのが当座の目的ですが、かなり個性的なものになりそうです。普通の技術者が短期間に上記3冊を解読するのに役立つ例題集にしたいと思っています。

 自宅だとどうしても集中力が継続できないので、この7ヶ月は自宅近くの長泉町図書館の学習室を利用していますが、試験が近くなると沼津高専の学生も来ています。清潔だし、便利だし、至れり尽くせりという感じで非常に助かっています。卒業生の殆ど方は御殿場線の下土狩駅を覚えておられると思います。その懐かしい下土狩駅の真横に長泉町図書館がありますが、沼津高専に来られたときはその学習室を覘いてみてください、図書館が休みの月曜日と昼食時以外は9時から17時までなら私を発見すると思いますので気軽に声をお掛けください。

 ほとんどの浮世の義務から解放された現在、「描きたくなったら描く、義務では描けない」という大画家気取りで、これからは自分の感性のままいくと決め、最後の“ご褒美”を満喫しています。でも健康だけは大切です。皆様もどうぞお体に気をつけてご活躍下さい。

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